僕が登校に使うバスは7時半発だった。
高校生の頃、北海道に住んでいた僕の冬の登校手段はバスだった。札幌市に住んでいた僕だったが、僕の高校の近くには電車は通っていなかった。地下鉄が通っているのは札幌市でも都心部だけというイメージだ。
冬の期間は当たり前に雪が積もるので、自転車にも乗れない。そうなると雪が積もる冬の間はバスで登校しなければならない。そして、北海道のバスは30分おきにくれば良い方である。というか、それが当たり前(むしろ便利な方)だと思っていたが、どうやら当たり前じゃないらしいということに気がついたのは大学に入学してからだった。
「30分おきにくれば良い方」であるバスが家の最寄りのバス停にくるのは7時30分と8時5分。8時5分のバスに乗った場合だと学校にギリギリ遅刻してしまう。小さい頃からギリギリに行動するのをひどく嫌っていた僕は毎日7時半のバスに乗っていた。
そんなこともあり、起床時間はいつも6時前。毎日、眠い目をこすりながら、バス停までの道のりを走っていた。
走っていたということは、結局ギリギリで行動していたのだ。ギリギリで行動しないためにギリギリで行動していた。結局人間は時間に追われていなければいけないのかもしれない。バスの時間にも余裕を持つとなると5時起きなので、さすがにそれは厳しかった。
いつもバス停でバスを待つのは、僕と、夜のお仕事に向いてそうなハイヒールのお姉さんの二人だった。茶髪でロングヘアーの彼女は、車内ではいつもやけに大きなケースをつけたiphoneで長文のラインを誰かに送っていた。爪は長く、キラキラしたネイルをつけていた。僕は離れた席に座る彼女をぼうっと眺め、バスに揺られながら彼女はどんな仕事をしているのだろうとよく考えていた。
ある日、バスの時間ギリギリでバス停まで走っていたら、その道の途中で例のお姉さんと出くわした。お姉さんも必死に走っていた。お姉さんも走るのかと驚いていたが、それどころではない。腕時計を見ると、すでにバスの到着時間になっていた。
バス停にさしかかったところで、バス停にバスがとまっているのが見えた。しかし、僕たちが到着する寸前でバスは出発してしまった。僕は膝に手をつき肩で息をし、お姉さんのほうを見た。お姉さんは僕の横を通り過ぎ、バスに向かって走っていた。前方ではバスが信号待ちをしている。お姉さんはバスに追いつき、ドアを叩き「入れてください!」と叫んだ。
僕は遅れてお姉さんについていき、二人で頼み込み、なんとかバスに乗せてもらった。なにやら運転手がぶつくさと文句を言っていた。
二人で前後の席に座った。後ろの席から「あのおじさんひどいねえ!」とずる賢そうな笑顔でお姉さんが僕に耳打ちしてきた。僕は驚きで愛想笑いしかできなかった。
それから僕がお姉さんと話すことはなかった。あの日以来あんな場面に出くわすこともなく、お互い何もなかったようにバス停に並び、それぞれが離れて乗車した。
帰省してそのバス停の近くを通るたびにあのお姉さんのことを思い出す。いつのまにかバス停の前のパチンコ屋は潰れ、大きな病院が建ち、バス停の名前も変わっていた。
彼女は今も変わらずに7時半のバスに乗っているのだろうか。
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